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技術レポート

12/2022

フッ素に頼らない非フッ素耐油剤の開発

柴田 俊

ダイキン工業株式会社

化学事業部 商品開発部

本稿はマテリアルステージ誌2022年9月号に掲載された内容です。

1. はじめに

ダイキン工業は、事業の柱の一つとしてフッ素化学をメインとした化学事業を展開している。フッ素系製品として撥水撥油剤「UNIDYNE」は、1968年の販売開始から半世紀以上にわたり、紙・不織布・テキスタイル・カーペット等様々な分野で使用されてきた。とりわけ高い撥水撥油性、耐久性を併せ持つ特性は、フッ素化合物以外では実現できず、フッ素系撥水撥油剤の強みとして認知されてきた。


しかし、近年、フッ素化合物は環境の側面で注目されるようになり、グローバルで規制強化の動きが出て来ている。特に、PFOA(Perfluorooctanoic Acid)は、その関連物質と言われるフッ素化合物(以下、C8)を含めて、グローバルフッ素メーカー各社がフェーズアウトを開始し、2015年に完了している。この動きを皮切りに、2019年残留性有機汚染物質(POPs)にC8が指定され、グローバルでその使用が制限されるようになった。この規制は、PFHXA(Perfluorohexanoic Acid)と関連物質のフッ素化合物(以下、C6)が、C8の代替として活用できることを前提としたものだった。しかしながら、近年、米国FDA(Food and Drug Administration)が食品接触用途におけるフッ素化合物の不純物に対する懸念を表明した。このような背景から、当社は自主的に2023年12月末にC6紙用耐油剤の販売を中止することを決定し、食品接触用途はフッ素に頼らない非フッ素紙用耐油剤の開発に舵を切った。


「UNIDYNE」は、水や油よりも表面自由エネルギーを低く設計することで、それらを弾く撥水撥油性能を達成してきた。この撥水撥油性能から紙用耐油剤として、ファストフード用の包装紙、テイクアウト用の紙皿、ペットフードバッグ、ポップコーン容器に使用されている。撥水撥油性能は、既存技術である澱粉/PVA塗工やポリラミネート紙には無い性能で、既存技術の問題点の解決に貢献してきた。しかし、フッ素のフルオロアルキル基(-(CF2)n-CF3 )の表面自由エネルギーが6 mN/mである一方、非フッ素で最も低い表面自由エネルギーは長鎖アルキル基(-(CH2)n‐CH3)の20 mN/mと約3倍以上高く、フッ素化合物並みの低表面自由エネルギーは望めない。更に、加熱した食品に接触する用途では高温下でも安定した耐油性の発現が不可欠になってくる。


そこで、これらの技術課題に対して、非フッ素化合物の中で最も低表面自由エネルギーでかつ高温下でも安定的に性能を発現する耐油剤の開発を目指した。既存品通り、薄膜塗工で性能を発現できれば、紙が持つ性質である空気や水蒸気を通す通気性やリサイクルが可能になる離解性を損なわずに使用することができる。今回、当社のポリマー重合・配合技術を用いて、非フッ素材料のみで包装紙用途の外添紙用耐油剤XP-8001の開発に至ったので報告する。 

2. XP-8001の特徴

2-1. モノマー合成・ポリマー設計

高温下で安定した耐油性を発現させるために、CH3末端を理想的な並びにする必要がある。そこで、当社独自モノマー合成技術により、主鎖に接する側鎖の根元にアンカー効果をもたらす分子構造を設けることで、理想的な並びを実現した。これによって、汎用技術と比較し、高い接触角を示した。更に、アンカー効果をもたらす分子構造の耐熱性を上げることで、高温下でも安定した耐油性も可能になった。

図1. 汎用技術との接触角の比較

汎用技術との接触角の比較


汎用技術との接触角の比較


2.2 性状

外添紙用耐油剤XP-8001の性状を表1に示す 。サイズプレスをはじめとする既存のコーティングアプリケーションを用いて塗工ができるように調製している。アニオン性のパルプ表面への定着を促すために、カチオン性の自己分散型耐油剤に設計した。バインダーとして、澱粉類の併用が必須となる。

表1. XP-8001の一般物性

XP-8001の一般物性

2.3 評価例

XP-8001の使用により以下の効果を得られる。評価例の結果は、表2に示す 。澱粉類を併用にすることによって、比較的薄膜で良好な耐油効果が得られる。薄膜塗工でも耐油性が得られるため、通気性を維持可能である水分散性のため、処理した紙でも再離解が可能である。

表2. XP-8001の評価例

XP-8001の評価例

2.4 耐油性

耐油性は、KIT:TAPPI T 559 cm-02で評価した。耐油剤は、塗工量が少なくても優れた耐油性を示すことが重要である。結果は、フッ素系耐油剤TG-8111には及ばないものの、XP-8001は低塗工量でも高い耐油性を示した。特に、澱粉塗工品と比較すると、1/12以下の塗工量でKIT:5を発現することができた。

図2. 各耐油剤の塗工量とKIT値の関係

各耐油剤の塗工量とKIT値の関係

2.5 通気性

通気性は、ガーレー試験機法で透気度を指標に評価した。図3は、図2のKITに対応する透気度で、圧縮された空気が試験片を100cc通過する秒数を測定している。一般的に、薬品の塗工量が高くなる場合、繊維間の隙間が小さくなり密度が増すため、処理紙の通気性は低下する。結果は、塗工量に比例して、TG-8111、XP-8001、澱粉の順で透気度が高くなった。XP-8001塗工品の透気度は、澱粉塗工品と比較すると、約1/25低くなった。このことから、XP-8001は、原紙の通気性を大きく損なうことなく耐油性を付与することができた。

図3. 各耐油剤のKIT値と透気度の関係

各耐油剤のKIT値と透気度の関係

2.6 リサイクル性

紙は、古紙や損紙を離解することで原料としてリサイクルすることができる。紙のリサイクルは、新たな森林伐採を抑えることになるため、環境資源の保護に繋がる。リサイクル性の要素として、離解可能であることが重要である。そのため、XP-8001が原紙の離解性を阻害していないか評価した。結果は、XP-8001処理紙でも原紙と同様に、離解機で処理するとパルプスラリーに戻せることを確認した。更に、離解後サンプルの分散度合いを顕微鏡で観察したところ、原紙とほぼ同等の分散性であることを確認した。このことから、XP-8001は、原紙の離解性を阻害しないので、処理紙でもリサイクルが可能である。

図4. 原紙および処理紙の再離解結果

(離解後 5min)

原紙および処理紙の再離解結果 (離解後 5min)



図5. 原紙および処理紙の再離解結果

(離解後サンプル観察)

原紙および処理紙の再離解結果 (離解後サンプル観察)


3. 他の既存技術との比較評価

変性澱粉塗工品とポリラミネート紙(PLA樹脂およびPEプラスチック)の比較を表3に示す。変性澱粉塗工品では、前述の通り、耐油性を発現させるために塗工膜を厚く(2-4 gsm)する必要があるため、透気度が高くなる傾向がある。一方、PLAやPEのポリラミネート紙では、繊維間の隙間が完全に覆われるため、水や油の染込みは完全に抑えることができるものの、通気性は失われる。更に、古紙としてリサイクルするときは、ラミネート加工した樹脂層を取り除く必要がある。これらのことから、他の既存技術と比較して、原紙物性の維持が可能な耐油剤を開発した。

表3. 他の技術との評価比較

他の技術との評価比較

4. 実用評価

実際に使用する方法を模して、耐油性の実用評価を行った。方法は、XP-8001で処理した紙を袋状に加工し、80℃のハッシュポテトを袋に入れて、経時で油の染込み具合を観察した。また、製袋したときの折り目部分は油の染込みが発生しやすいことから、折り目の上に60℃のオリーブオイルを滴下する試験も行った。これらの評価結果を図6、7に示す。


ハッシュポテトの荷重がかかる接地面は、油の染込みが一部見られるものの、袋全体への染込みは殆ど見られなかった。また、折り目部分も周辺への染込みは抑えられていることが分かる。そして、ハッシュポテトを取り出した時に、袋の内側が過度に水分で濡れているということはなかった。これはハッシュポテトから放出された水蒸気が袋を通過して逃げているためと考えられる。この結果は、XP-8001で処理しても、紙の透気度が維持されていることを示している。

図6. 実使用に合わせた評価

(耐油性)

実使用に合わせた評価 (耐油性)


※80℃のハッシュポテトを袋に入れて、15分後の写真

図7.実使用に合わせた評価

(折り目部分)

実使用に合わせた評価 (折り目部分)


※60℃に熱したオリーブ油を折り目に添加し、10分後の写真

5. おわりに

本稿では「フッ素に頼らない非フッ素耐油剤の開発」と題して、外添紙用耐油剤XP-8001の優れた耐油性と原紙物性の維持が可能な特性を報告した。当社は、非フッ素紙用耐油剤の開発を積極的に進めており、今回報告した外添紙用耐油剤XP-8001の他にも、紙皿の製造に用いる内添用紙用耐油剤の開発も進行中である。当社は、今後も環境の変化を見据えた開発を進め、持続可能な社会実現に向けたお客様の「次の欲しい」を先取りし、紙業界発展のために新たな価値を提案していきたい。

参考文献

1) 石川 延男, 小林 義郎. フッ素の化合物-その化学と応用.講談社サイエンティフィック, 1979, 237p.


*本稿はマテリアルステージ誌2022年9月号に掲載された内容です。

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