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連載コラム

05/2025

【電池材料】第六回 リチウムイオン電池用電解液

鈴木孝典

株式会社スズキ・マテリアル・テクノロジー・アンド・コンサルティング

【連載コラム:電池材料】リチウムイオン電池材料の開発に長年携わり、現在は(株)スズキ・マテリアル・テクノロジー・アンド・コンサルティングで電池材料のコンサルティングをされている鈴木孝典氏に、電池材料の市場トレンドや開発動向についてご紹介いただきます。第六回目は「リチウムイオン電池用電解液」をお届けします。

リチウムイオン電池の中には電気を溜める役割を持つ正極、負極の活物質がある。この二つの材料の間に入り、両極間をリチウムイオンが移動出来る様にして、電池として働くようにしているのが電解液だ。電解液はその名の通り「液体」だが、リチウムイオン電池では有機溶媒にリチウム塩を溶解したものとなっている。液体である電解液を使うため、リチウムイオン電池は「液系リチウムイオン電池」などと呼ばれている。リチウムイオン電池の電解液とは何か、どのような物で出来ているのか、どのように働いているのかを説明する。

1. 電解液の役割

リチウムイオン電池は充電時に正極に含まれるリチウムから電子を奪ってイオン化し、これを正負極間に加えた電位差を利用して電気的に引き抜いている。引き抜かれたリチウムイオンは電解液を通して負極側に引っ張られ、負極活物質内に入り込んで、電子を得て安定するというものである。放電時は負極と正極をリード線で繋いで、電子が通ることができるようにすると、負極内のリチウムは自発的に正極に戻ろうと、電子を手放してイオン化し、負極から抜けてくる。出てきたリチウムイオンは電解液で運ばれ、正極に入り込み、リード線を伝わってきた電子を受け取って安定化する。リード線を通ってきた電子が仕事をすることで電池としての役割を果たす。

これがリチウムイオン電池の充放電の挙動だが、この時、正極と負極を行き来するリチウムイオンが移動するのを助けているのが電解液である。電解液は正極と負極の間のイオンパスとして働き、液体の中でリチウムをイオンの状態で安定させ、リチウムイオンが液体中を拡散し、電位差によって対極側に引っ張られて動く事でイオンの輸送を行っている。


1-1. イオンの輸送

電解液の主たる役割はリチウムイオンの輸送である。充放電の操作によって、活物質から引っ張り出されたリチウムイオンは、その電気的な偏りによって内部分極した溶媒分子に取り囲まれる。リチウムイオンは陽イオンなので、プラスに帯電している。電解液の溶媒分子は内部分極を起こしており、その分子の中のマイナスに帯電した部分が、リチウムイオンのプラスの電荷に引き寄せられて、リチウムイオンの周りを取り囲むように集まる。このときの弱い結合での集団形成を溶媒和といい、これによってリチウムイオンは溶媒中で、安定した状態で動けるようになる。

充電時に正極から引き出され、溶媒和したリチウムイオンは電解液内を拡散し、電位差によって負極側に引っ張られ、負極表面に到達する。負極に到達したところで溶媒和している溶媒分子が引き剥がされ、負極内部に入り込む(インターカレーションと呼ぶ)。

放電時に負極から出てきたリチウムイオンは充電の時と同様に溶媒和し、拡散し、正極へ移動、正極内部への挿入という動きをするが、この時にリチウムイオンを溶媒和、拡散、輸送するのが電解液の仕事となる。


1-2. 活物質からのイオン授受
活物質から出てくるリチウムイオンを効率的に電解液へ取り込むためには、活物質の表面が電解液と接触し、無駄なくイオンの受け渡し窓口として機能する必要がある。そして、そこから出てくるイオンを効果的に取り囲む溶媒和を起こす組成が必要である。電解液が液体である大きなメリットはこの固/液界面の効率的な形成が容易である事だろう。


1-3. SEIの生成
現行の液系リチウムイオン電池では、活物質、特に負極の表面にSEI(Solid Electrolyte Interface)と呼ばれる層が存在する。この層は電解液成分とリチウムの反応で形成される。本来は電解液自体の分解で生成する物だが、電解液よりも性能の良いSEI膜を生成出来る物質を電解液中に添加剤として添加して、積極的に良質なSEIを生成させている。

SEIはリチウムイオンを透過し、電解液成分は透過しない。そのため、溶媒和して活物質表面まで来たリチウムイオンがSEI表面で溶媒分子から離れて、リチウムイオンのみがSEIを通過し、活物質内部に入っていく事になる。溶媒と活物質を切り離すことで溶媒の分解や劣化を予防し、電池の性能を向上させ、寿命を伸ばす効果がある。


1-4. 電池内の熱の均一化

意外と知られていない電解液の効果として、電池内を液体で満たすことで、電池内で発生する熱を伝導、拡散し、温度の均質化効果が期待出来る。電解液を伝わって熱が拡散し、電池の反応が電池内の何処でも同じような環境で起こるようにしている。

図1. 電解液の役割

(1)リチウムイオンを通す (2)活物質表面へのSEI形成 (3)電池の熱を均一にする

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2. 電解液の組成の考え方

電解液は溶媒に電解塩を溶解したものだが、そこに添加剤を何種類か添加した部材となっている。


2-1. 溶媒
リチウムイオン電池の電解液に使う溶媒は有機溶媒であるカーボネート系溶剤である。カーボネート系溶媒には大きく分けると、カーボネート基を含む5員環を持つ「環状カーボネート」と、直鎖状の分子にカーボネート基が含まれる「鎖状カーボネート」がある。EC(エチレンカーボネート)、PC(プロピレンカーボネート)等が環状カーボネートである。DMC(ジメチルカーボネート)、EMC(エチルメチルカーボネート)、DEC(ジエチルカーボネート)等が鎖状カーボネートである。
環状カーボネートの方が鎖状のものより誘電率が高く(=内部分極が大きい)、高誘電率の物ほど電解質(リチウム塩)を溶解しやすくなる。高誘電率溶媒は液中のリチウムイオン濃度を比較的容易に上げる事が出来、塩濃度の高い電解液は一般にイオン伝導率が高い。
環状カーボネートでよく使われるのはECである。PCは負極側での還元反応が強く、現在主流となっているグラファイト負極では使用出来ない。そこでECに頼ることとなるが、ECは融点が38℃、つまり常温で固体でありECだけで電解「液」とする事は出来ない。そこでECを鎖状カーボネートとブレンドし、電池を使用する温度帯(-30℃~65℃)で液体で存在出来るようにする必要がある。これにより、リチウム塩が高濃度で可溶かつ使用温度域で液体である溶剤を作り使用している。
溶媒には、リチウム塩を溶解してくれる能力が求められるのは当然だが、更に、正極の酸化電位、負極の還元電位でも安定であることが同時に求められる。
また、高い濃度でリチウム塩を溶解したカーボネート系溶媒は液体としての粘度も高くなり、高粘度の電解液ほど電解液内のイオン拡散は悪くなる。高すぎる電解液粘度は電池性能を低下させる可能性がある。

表1. カーボネート系溶媒の種類と性質

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* 出展:「リチウムイオン電池用電解液・添加剤・溶媒」Merck

2-2. リチウム塩

電解液の溶媒そのものは電気的に中性で、分解電圧以下の電圧を印加しても反応は起こらない。この溶媒に電解塩を溶解する事で、イオンを生じ、そのイオンを輸送出来るようになる。その際に、活物質から出てくるイオン(リチウムイオン電池の場合、リチウムイオン)と同じイオンを生成してくれる電解塩が必要となる。
大半のリチウムイオン電池ではLiPF6(6フッ化リン酸リチウム)をリチウム塩として使う。LiPF6はカーボネート系混合溶媒によく溶け、正極でも負極でも安定的に存在出来るという特長がある。高温時の電解液の安定性という点ではLiPF6はあまり優秀とは言い難い。80℃以上の高温に長時間晒されると微量フッ酸の発生による正極のダメージ、水分と電解液の反応などの副反応が少しずつ起こり、電池の劣化要因の一つとなる事が知られている。現時点では電池の使用温度上限を60~65℃とすることで安定的に使っている。
最近では他にLiFSI、LiTFSIなどのイミド系のリチウム塩を使うケースが出てきているが、単品で使用されるケースは少なく、LiPF6と一緒に「添加剤」的に使われているようだ。

図2. 電解質(塩)


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2-3. 添加剤

リチウムイオン電池を安全に安定的に高い性能を維持した状態で使用出来るようにするために、電解液に幾つかの添加剤を加えて使用する。添加剤はそれぞれの物質によって、負極保護、正極保護、過充電防止などの目的で液中に少量添加される。

負極保護用として有名な添加剤はVC(ビニレンカーボネート)であり、負極材料にグラファイトを使う様になって以来、使用され続けている。正極用としてはプロパンスルトンなどが有名である

電解液中のECはグラファイト負極などの表面(エッジ面)で徐々に分解し、液中のリチウムと反応して負極活物質の表面にSEIを形成する。VCはこの反応より早く(より高い電位で)負極表面で分解し、より高性能なSEI層を形成する事で、以降の電解液成分でもあるECの分解反応を抑制し、リチウムイオンの挿入脱離反応を助け、電池の劣化を防ぐ働きがある。

現在、数種類の添加剤が同時に使われるのが当たり前となってきているが、電解液によっては10種類近い添加剤が同時に使われる事もあるようだ。

表2. 電解液用添加剤の例

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* 出展:「リチウムイオン電池用電解液・添加剤・溶媒」Merck

3. 問題点

現行液系リチウムイオン電池の電解液はカーボネート系溶媒であり、これは可燃性の有機溶媒である。リチウムイオン電池の火災が時折ニュースになっているが、電池内に電解液として可燃性有機溶媒を内包していて、これが電池のトラブルに際して燃焼する事が大きな要因となっている。電池自体が短絡を起こしても、多少火花が出て、電池が高温となる程度で火災に至る事は殆ど無い。しかし、この可燃性有機溶媒が電池内に存在しているため、短絡などの火種が燃料である電解液を燃焼させ、大きな火災へと繋がってしまう。過去に難燃性の電解液に期待が集まった時期があった。その際にはイオン液体(塩の一種であるが、常温域で液体のもので難燃性のものが多い)が提案されている。カーボネート系電解液にくらべ低性能、高コストで現在では殆ど使われなくなった。

電解液にまつわる問題点には、電解液(およびリチウム塩)の劣化という問題がある。電解液はリチウム塩であるLiPF6が高温時に微量な水分と反応して、フッ化水素(HF)を出し、PF5とLiOHに分解していく事が知られている。このフッ化水素は正極と反応し、正極の劣化を促進させると言われている。フッ化水素の影響を減らすために正極金属溶出防止の添加剤などを使うのだが、他に正極表面をコーティングするなどの方法が採られている。
正極の高電位に耐えてくれるリチウム塩はカウンターイオン(リチウムイオンが正のイオンだが、同時に出来る負のイオンの事)がフッ化物である事が多い。このフッ化物が劣化する時にフッ化水素を発生し、そのフッ化水素が望まない副反応を起こすことで、電池の性能劣化や寿命低下を引き起こす要因となっている。

電解液の組成は要求されるいくつもの性能と条件をクリアできる様に設計される。活物質に次ぐ重要な部材として多くの技術が取り入れられ、今後の電池の改善にも大きな期待を寄せられている材料となっている。

4. ダイキンの電解液関連製品開発

ダイキン工業は長年培って来たフッ素化学技術をベースに、各種電解液添加剤の開発を行っている。その中でも 電解液添加剤 フッ素化エーテルは、耐酸化性に優れ、引火点がなく、電池の高電圧化、安全性の向上に貢献する。また、フッ素化エーテルを用いた電解液は、シリコン系負極の電池性能を改善する。

製品情報

Specialty products

電池材料

ダイキンの強み
・フッ素技術(合成、重合、設計、分析)を活用し、ニーズに応える機能材料の提案:樹脂、コーティング、添加剤などの幅広い提案
・電池評価(セル作成~充放電3000チャネル以上)
・テクニカルサービス:配合指導などでユーザーサポート充実(中国、日本)

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