連載コラム
03/2026
【電池材料】第七回 固体電池
鈴木孝典
株式会社スズキ・マテリアル・テクノロジー・アンド・コンサルティング
【連載コラム:電池材料】リチウムイオン電池材料の開発に長年携わり、現在は(株)スズキ・マテリアル・テクノロジー・アンド・コンサルティングで電池材料のコンサルティングをされている鈴木孝典氏に、電池材料の市場トレンドや開発動向についてご紹介いただきます。第七回目は「固体電池」をお届けします。
リチウムイオン電池は高容量、軽量、長寿命という特長を活かして小型ウェアラブル機器の電池から自動車、航空機、大型の定置用電池まで幅広く使用されてきた。今では鉛蓄電池の市場規模(2025年推定で約509億米ドル超)を大きく上回る(2025年推定で約1300億米ドル)と言われている。
近年、作動温度範囲の拡大、電極活物質材料の選択性の拡大、さらには原理的には高速充放電が期待されている全固体電池がある。ここでは固体電池技術の肝である固体電解質とは何か、それを使った全固体電池に期待されることは何か、問題点は何かを中心に説明する。
1. 固体電解質の役割
リチウムイオン電池では、充電時に正極からリチウムイオンが引き抜かれ、負極に保持される。放電時にこの負極のリチウムイオンが正極へ自発的に戻る反応を利用し、その際にリード線を流れる電流に仕事をさせるものであると先のコラムで説明した。
この時、正極と負極の間を移動するリチウムイオンの通り道となるのが「電解液」の役割であった。
一言で言ってしまえば「固体電解質」とは、この電解液の役割を固体の材料に行わせるというものである。
液体の電解液であれば溶媒にリチウム塩を溶解する事で、塩が電解し、リチウムイオンを容易に通す様になるが、固体の中をリチウムイオンが移動できるようにするのは難しい。全固体電池の開発はその固体電解質の開発であったと言っても過言ではない。
1-1. イオンの輸送
電解液が固体になったからと言ってその役割は変わらない。リチウムイオン電池でエネルギーを貯める主役であるリチウムイオンを輸送する能力が必要になる。電解液では溶媒分子がリチウムイオンを囲んで溶媒和という状態を作り、イオンをイオンのまま安定させて液体の中を動くようにしている。固体電解質は固体の結晶若しくは分子がリチウムイオンを安定的に保持し、移動させる役割を担う。通常のリチウムを含むだけの固体であればリチウムをそのまま保持し続けるだけだが、固体電解質はその材料に電位差を印加することでリチウムイオンを動かすことができる。いわば固体電解質の中にリチウムが動けるトンネルを作り込んで、そのトンネルを通してリチウムが動ける「固体電解質」として使用する。
1-2. 活物質からのイオン授受
充放電時に活物質から出てくるリチウムイオンを固体電解質が受け取り、固体電解質内のリチウムイオンの通り道(パス)を通してリチウムを移動させる。この時、活物質と固体電解質の表面が密着している必要がある。固体であるが故に電解液の様に容易にはこの表面の密着状態「界面形成」が行われない。そのため、圧力をかけて粒子の面を密着させるという方法が取られることが多い。半固体電池と呼ばれる電解液が少量含まれている固体電池ではこの電解液成分が界面形成を助けている。
1-3. セパレータ層の形成
全固体電池には構造的にセパレータがない。セパレータの役割は正負極活物質の直接接触の防止(短絡防止)に他ならない。全固体電池では正極+固体電解質の層と負極(主に金属リチウム)の層の間には、固体電解質のみの層(電解質層、セパレータ層と呼ぶ)が存在している。この層は固体電解質というセラミック若しくは樹脂系固体電解質で出来ているので、正極と負極の物理的な接触を防ぐ為のセパレータの機能を兼ねている。よってわざわざ通常のセパレータを入れる必要がない。
この正負極を接触させない機能というのは、絶縁体だからできる機能ともいえる。つまり固体電荷質は電子伝導性を有さないという特徴がある。
2. 全固体電池
全固体電池とは、電池内に液体が無い電池を指す。つまりリチウムイオン電池に限らず、正極と負極、固体電解質で構成された電池は全固体電池と言う事になる。ここではリチウムイオン電池系の固体電池について説明する。
固体電解質の中にごく少量の電解液(液体)が存在するものがある。これを「固体電池」と呼んでいるところもある。更に液体が多くなると「半固体電池」と呼称する場合もある。このように単なる「固体電池」というものの中に、添加されている液体成分によって、3種類(全固体、固体、半固体)の名称が出てくる。厳密に言えば全固体電池は全く「液体を含まない電池」である。
固体電解質は大きく分けて、硫化物系固体電解質、酸化物系固体電解質、樹脂系固体電解質の3種類がある。それぞれの特徴を以下に解説する。
図1. 一般的な全固体電池(イメージ図)
表1. 固体電解質の例
2-1. 硫化物系固体電解質
結晶構造内に硫黄を含有しているセラミックである。特長としては比較的高いイオン伝導性を持ち、比較的柔らかい粒子であるため全固体電解質の中でも界面形成が容易である。
一方で水分と容易に反応し硫化水素ガスを発生する。この硫化水素は有毒であり、またこの反応によって性能の低下を起こす。そのため、製造、保管、輸送、投入、加工(電池の組立)まで全て非常に高いレベルの無水設備(ドライルーム)と超低含水率の副材料(溶剤やバインダーなど)を必要とする。
現在、全固体電池の開発で実用化に近づいているものの多くはこの硫化物系固体電解質を使う方向で行われている。
図2. 硫化物系電解質の界面形成
2-2. 酸化物系固体電解質
この固体電解質は、金属酸化物のリチウム塩の組成をしている。この金属酸化物は数種類の金属元素の複酸化物となっている。最近の開発では硫化物系に勝るものも報告されている。
酸化物系固体電解質は非常に硬い粒子である事が多く、単純に圧力で界面形成が出来るような物では無いので、小型の電池では活物質、導電助剤、酸化物系固体電解質を高温で焼結して界面を形成している。また、ごく少量の電解液を添加して(全固体ではなく固体電池~半固体と呼ばれる状態で)界面形成は液体成分に依存して電池にしているものもある。
2-3. 樹脂系固体電解質
樹脂系の固体電解質はその名の通り、固体電解質が樹脂骨格を持った分子で出来ている。リチウムイオンを保持する部分が分子の主鎖に含まれる酸素原子になっているものや、分子主鎖にカウンターイオンをグラフトした構造のもの、樹脂の中に電解塩を溶かし込んだものもある。
樹脂系固体電解質は古くから採用されているものの、イオン電導性が低く、作動電圧を大きくすることができないという課題がある。一方で「樹脂」であるが故に加工性、界面形成の容易さというメリットがあり、イオン導電性の改善次第では大きな市場を獲得できる可能性がある。
2-4. 固体電池に期待される性能
全固体電池は液体の「電解液」を固体の「電解質」に置き換えた構造をしている。つまり、全固体電池にする事で電解液に起因するリチウムイオン電池の問題点の解決が期待できる。
2-4-1. 電解液劣化に伴う電池劣化の防止と使用上限温度の向上
電池の使用・保管温度上限が60~65℃となっているのは、電解液中の塩(主にLiPF6)は熱安定性が悪く、この塩の温度、水分による劣化が原因である。固体電解質に置き換える(LiPF6を使用しなくなる)事で、電解液起因の問題がなくなり、改善されるものである。硫化物系固体電解質で100~125℃以上の使用温度上限があるとされている。
2-4-2 容量向上
固体電解質それ自体は容量に寄与しない。電解液を置き換えているだけなので、単に固体化しただけでは電池の容量が増えることはない。しかし全固体電池になると何故か自然に容量が増えると錯覚している話が非常に多い。これは電解液の固体化によって、金属リチウム負極のような高容量負極活物質を使用できる可能性が高まるというメリットがあると考えられている。
2-4-3. 急速充放電性
硫化物系固体電解質の中には電解液のイオン伝導性を超える物も発表されている。また動くイオンがリチウムだけである為、イオン輸送の効率が良い(輸率が高い)。しかし、固体電解質は粉末の圧縮若しくは焼結体として作られているので、界面形成率が実際のイオン伝導性にとって極めて重要になってくる。また、電極層、セパレータ層の形成にバインダーを使用するが、バインダーはイオンの移動に対して抵抗になる。界面の形成効率、バインダー添加による抵抗増加を考えると固体電解質のイオン導電性は「良くて同等」と考えてよさそうだ。
図3. 全固体電池に期待される性能
3. 製造方法
全固体電池の代表的な製造方法には「塗工法(ウエット法)」、「ドライプロセス法」がある。塗工法は溶媒にバインダーを溶解し、活物質、導電助剤や固体電解質をその溶液中に分散させて塗工、乾燥、プレスによって作り込む方法である。ドライプロセス法はこのような溶媒を使わず(つまり塗工、乾燥というプロセスが無い)、粉体の状態から直接電池を作り込む方法である。
3-1. 塗工法(ウエット法)
現行のリチウムイオン電池の電極を作る方法がいわゆるウエット法である。溶媒にバインダーを溶解し、そこに活物質、導電助剤を分散させて塗工機で薄い電極層を集電箔上に形成する。その後、乾燥機で溶媒を乾燥し、プレスして電極密度、膜厚を一定にする事で現行のリチウムイオン電池用電極としている(正負極同様)。
全固体電池の塗工法も同様に塗工で電極を作っていく方法がある。この時、活物質、導電助剤以外に固体電解質も一緒に混練し、電極内に均一に分散させて、乾燥、プレスを経て全固体電池の電極としている。
溶媒を使う事から最近では乾燥時、溶剤回収時のエネルギー消費の大きさが問題になっている。近年、エネルギー消費は二酸化炭素排出として捉えられ、削減が強く求められるので、塗工法の問題の1つとなっている。
また、硫化物系固体電解質を使用する場合、使用される溶媒と硫化物系固体電解質との反応性も考慮する必要があり、さらにその溶媒が含有する水分との反応も危惧される為、多くの制約を抱え込むことになってきている。
先述の通り、主にこの方法で電極を作るのは正極とセパレータ層となる。正極層は集電箔上に塗工して作るが、セパレータ層はこの正極の電極上に直接塗工して作るか、単独でPET等の樹脂基材の上に塗工して独立膜として成形し、正極層、負極(金属リチウム)と重ねてプレスし、電池の形にしていく。
3-2. ドライプロセス法
ドライプロセスは溶媒を使わず、粉体から直接電極を作る技術だが、ウエット法の問題点を解決するのに適した加工方法であると認識されつつある。電池製造上の最大のエネルギー消費ポイントの一つである乾燥工程(及び回収工程)が不要であることが昨今、注目されている理由の一つである。加えて硫化物系固体電解質と溶媒の相性を気にせず使えるというメリットもある。
ドライプロセスは主にPTFEバインダーを用いた繊維化(Polymer Fibrillation)法と熱可塑性バインダー微粒子を使った粉体塗装(Dry Spraying Deposition)法が検討されている。
4. 問題点
そんな多くの期待を背負っている全固体電池ではあるが、幾つか問題点も指摘されている。代表的なものはプロセスの複雑さとコストだ。
主に硫化物系固体電解質での開発が進んでいるが、硫化物系固体電解質の大きな問題点が水との反応性だ。そのため、固体電解質を取り扱う全てのプロセスで完全密閉系もしくは高レベルドライルーム(露点-60℃程度)中での加工が必要になっている。
このような高レベルのドライルームは現行リチウムイオン電池でも大きな電力消費プロセスとなっており、これを原料投入から電極作製、電池封入まで全ての硫化物系電解質使用プロセスにおいて作り込んでいかなくてはならなくなる。これが初期投資、ランニングコストの大きな負担となっている。
5. ダイキンの固体電池関連製品開発
ダイキン工業は、長年培ってきたフッ素化学技術をベースに、多種多様なフッ素樹脂をラインナップしており、全固体電池の電極活物質や電解質の結着剤に最適な樹脂も開発している。
塗工法では、電解質が分解しない溶媒に分散可能で、かつ結着性に優れた樹脂材料の開発、ドライプロセス法では、樹脂の繊維化を用いた結着剤であるPTFEの開発に取り組んでおり、どちらのプロセスにおいても顧客ニーズに応える材料を提供している。
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